IndexNo:233:宮崎県民の反応

先週のコラムで県の農業に関した対応を述べさせてもらいましたが、生産者の皆さんから多くの激励を頂きました。農業に従事する生産者は航空機が荷物を運べない状況を歓迎していないのは当たり前であるのです。航空運輸会社の方々からも「福岡、鹿児島経由で送っていて生産者の負担が増えている」ことを行政に伝えて欲しいとメッセージを頂きました。私自身、今度開催される農産物流通対策協議会にて意見を行政に伝えるつもりです。色々と意見を述べましたが、反対意見も多かったのも事実であります。

確かに県民の皆さんは、今回のような状況(観光重視で農業が苦しんでいること)を始めて知ったとの意見が多かったですし、何とか解決できないのかとの意見もあったこともお知らせしておきましょう。しかし、自分達のことを行政に押し付けることはよくないとか、自分たちで努力すべきであるとの意見もあったこともご報告申し上げます。私は県を中心とした行政に責任を取らせるつもりもありませんし、何をどうしろとも伝えるつもりもありません。観光も農業も「宮崎県」を活性化させる手法であるのは当たり前なのです。しかし、問題の発見や問題が理解できるのなら問題の解決に努力すべきであるのではないかと思うのです。決して農業従事者の方々は、何もしていないわけではないのですから。

『難しい』という思いが出て来るのは①自分の能力以上の仕事をしているとき②自分の能力の低さを認めたくない時③失敗を前提に予防線を張るときです。殆どの場合は②と③であると思います。「難しい」と思えば余計に難しくなり、結局苦しむのは自分です。自己防衛が自己破壊になっているのです。難しいことに対して難しいと思ったら、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるようなもので前進どころかタイヤから煙が出るだけです。人間は強い言葉を使えば強くなり、弱い言葉を使えば弱くなります。「難しい」を思い切って丸かじりしていくのも、私たち人間の楽しみではないでしょうか。

また、「難しい」「駄目だ」「無理だ」を連発するマイナス人間の特徴は『志(こころざし)のなさ』だと思います。目標設定の前の目的設定とは、志を立てると同じだと思います。自分の利益だけのために動く人間は粘り、忍耐力がありません。自分の利益、他人の利益という自利と他利のバランスのよい人間は土俵際の粘りがあります。それは「志」を持っているからだと思うのです。社会の仕事を通じて、周囲のお役に立つという「志」があれば私たちの住む「宮崎県」は一流にもなりますし、私たちも一流の人物になれるのではないでしょうか。